彼女の話

人にやさしくするということ

投稿日:2016年12月6日 更新日:

彼女は人にやさしくするとはどういうことだろうとこれもまた長年考えている。

彼女は別にやさしくないわけではない。

でもそれが果たして本当に自分の内面からくるやさしさなのか、それはわからないという。

 

たとえば彼女は、

混雑したバスの中に高齢者が乗ったことに気付けばおそらく真っ先に席を立つ。

たとえば彼女は、

左腕に赤ちゃんを抱え、右手に荷物を持ったお母さんがドアの前に立っていたら駆け寄っていってドアを開ける。

 

しかしこれらは彼女が

「いいことをするのに恥ずかしさを感じない」「こうすることが当然の」他の国

で数年間暮らしたことによる習慣であり、

彼女自身のやさしさ、とは感じない、らしい。

事実彼女は帰国してからの時間が長くなってくるにつれて時折こうできないような自分を感じることがあり、

やはりこれは自分のやさしさではなく、あの土地のあの人たちが自分に感染したあの人たちのやさしさなのだと確信しつつある。

 

その他にも「この人はきっとこうしてほしいだろうから、しておくか」、といった仕事での気遣い的なやさしさも

これはこれで大切なことだが言ってみれば「こうしておいてあげる」の意味であり、

「結局は傲慢で私のやさしさではない」、というありきたりな結論が出てくる。

そんなことがつづくと、自分はまあ人並みに親切で「やさしい」のではないか、と勘違いしそうになる。

 

そんな彼女が今日ある人を食事に誘った。

しかも仕事の人だ。

いつでも早く城に帰りたい彼女が、できるだけプライベートで仕事関係の人と会いたくない彼女が、

そんな時間が長くなってしまえばきっと最後にはひとり涙することになるだろう、その彼女

自ら誰かを食事に誘ったのである。

 

その人は同僚Aで今日はかなりのバッドデイを経験した。

彼女はAの間近にいてAが何を思い、感じ、どうしたいのか、すべてがわかるようだった。

 

彼女であれば悪いことがあったとしたらその回復はまずはひとりになることから始まる。

しかし彼女はAがさみしがり屋であることを知っている。

誰かと飲んだり食べたり話したりするのが大好きだということを知っている。

そんなAがこれから誰が待つこともない暗い1Kの部屋に帰ることを知っている。

 

彼女は何気なしに

「ごはん行く?」

とAを誘った。

 

Aは一瞬驚いたような顔を見せた。

彼女は今まで誘っても誘われたことはなかった人だった。

そして涙目になって笑って「えーいくいくー」といつもの軽い明るい調子で返事をした。

 

彼女は一瞬仮面が剥がれかけるのを感じた。

涙目でその日いちばん嬉しそうに笑ったAに動揺した。

いや「何気なしに」誘ったあの瞬間彼女のペルソナはおそらく剥がれたのだ。

 

ただ暗い部屋の鍵をひとり開けるAの後ろ姿が浮かんだ。

彼女はAが笑ってくれてよかったと思った。

 

人にやさしくするということ

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