彼女の話

彼女の隣人

投稿日:

彼女の城の隣では最近何か変化が起きたようだ。


時々宅配のおにいさんがピンポンを鳴らしたりしていたから
誰か住んでいるのは確かなようだった。
2,3ヶ月前まで隣人はおそらくほとんど帰っていないか、
もしくは彼女と生活リズムがまったく合っていないか、
壁がものすごく厚いのか、
そのどれかだろうと彼女は思っていた。
それほどに静かだったのである。
生活音がまるでない。
静けさを好む彼女にとっては大変な好都合だった。


彼女は一時期、特に海外に住んでいた頃ミソフォニアともいえるほどに
他人の生活音が許せなくなったときがあった。
音に関して言えば延々と反復される音が今でも苦手であるし、
(他人が鉛筆を叩く音、マッサージ機のウィンウィン音、ゆるい蛇口から落ち続ける滴音など)
音楽を聴いていてもメインのメロディラインの背後に譜された単調なリズムを
すぐに発見してしまってはそこばかりが気になって音楽全体が楽しめない、ということがある。


そんな彼女の隣人は最近住む人が変わったのか、生活が変わったのか、
とにかくよく音をたてる人である。
彼女は自分の住む城の壁が厚くはないことを確信した。

隣人は彼女よりも早く家を出る。
それがいつもきっかり8:02。
その直前に明らかにアセっているらしいトイレのフタとドアを乱暴に連続して閉める音が聞こえる。
ボンッ!、・・バンッッッ!!!
彼女はいつも少しびくっとする。
おそらく隣人は8:00に出たいのだが出れずにアセっているのだろう。


最近彼女の帰宅は遅いので、隣人はいつも先に帰っているのか、
彼女が体を洗って食事を摂るころにはイビキがきこえてくる。
壁がよっぽど薄いのか、イビキがよっぽど大きいのかは分からない。


彼女はある時ニヤリとほくそ笑む自分に気付いた。
そのなんとも人間らしい、いや、生き物らしいイビキ。
笑えてくる。

そして思った。
自分は朝と夜と聞くこの隣人の生活音にまったく不快感をおぼえない。
むしろその生活音、もとい世界音を楽しんでいる。


彼女は急に”外の世界”を感じた。


城の外の世界。
そこに拡がる誰かたちの世界。
そこは彼女が思いもよらない音で満ちているかもしれないことを。



彼女の隣人

-彼女の話

執筆者:

関連記事

noimage

彼女の最大の矛盾1

彼女は、たとえば誰かがしあわせになれることで、 それと引き換えに自分が生まれて来ないことになったとしてもそれでよかったのに、と思っている。 彼女は、どんなに悪いことが起こったとしても最後は必ず良いほう …

noimage

距離

「なぜ自分のものさしだけで私との距離を測るのか」 「ズカズカ入ってこようとするな、理解しようとなんてするな」 「気を遣ったようなフリをして、私のことを分かったような物言いはやめろ」 距離がとりにくい人 …

noimage

イニシャルドリーム2

彼女は訪れたこともない外国にいた。 見慣れない家の、親しみのない玄関で、 強引に押し入ってこようとする数人の異邦人を何とか入れまいと ドアノブを握りしめていた。 彼らは全員男性だった。 いやだ、こわい …

noimage

彼女とHSSと著作権と僕4

ちなみにアメリカへお伺いをたてていた件だが、 もちろん返事はノーだった。 ドクターアーロンは出版社との契約によって厳しく制限を受けていて 文献からもウェブサイトからも引用は許可できない。 ドクターのア …

noimage

なぜ口でキスするのか

  どうしてキスは口でするのか。 いつからヒトは唇でキスするようになったのだろうか。   まつ毛とか鼻とかでキスみたいなことをする人たちも世界にはいるが、 彼女は映画なんかで唇でち …

noimage

2020/03/17

意味

noimage

2020/01/31

メロディの輪郭

noimage

2020/01/29

真くろの向こう

記事内の彼女の絵や写真。
2020年9月
« 3月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  
This error message is only visible to WordPress admins

Error: No connected account.

Please go to the Instagram Feed settings page to connect an account.

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ HSPへにほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村 美術ブログへ