彼女の話

アンビバレンス

投稿日:2018年8月2日 更新日:

「もういいから!!出てこないで!もう必要ないからもう行って!!!」


朝4時前だった。
彼女はずっと眠れずにいて、数時間眠っていたかと思うとまた目が覚めを繰り返し、
この時は起き上がってベッドに腰かけ文字通り頭を抱えていた。


「お願いだから出て行って・・・」

涙交じりにそう呟いて彼女は自分が肩を上下に揺らして
ひどく激しく呼吸を繰り返していることに気付いた。
「息・・・ちゃんと息しなくちゃ・・・」
鼻から吸って、倍以上かけて口から吐く。


彼女は薬を一粒とりだして、半分に割った。
長く飲んでいなかった薬だった。
水でそれを胃の中に落とし込んだ。
胃の中でそれが浮遊し、小さく小さく溶けだした分子が血管内に侵入していく様子を想像して、
彼女はやっと自分の呼吸音が気にならなくなった。


「まさかあんなことを思うなんて」
彼女は信じられないというように話した。
一体自分はどこに足をつけているのか分からないと動揺いた。



彼女はもうかなり小さい時からたくさんの妄想の世界を持っていた。
自分がそういう世界をもつようになったきっかけは誰かが与えてくれたものだったと記憶しているのが、
そういう世界を自分が作ることができるんだ、と当時はかなりセンセーショナルな出来事であったようだ。

それからというもの彼女は同時にいくつもの妄想世界を作り、
それらの世界と現実の世界をかなり激しく行ったり来たりするようになった。
まだ幼かったうちはAという妄想世界で設定したことをうっかりCの世界に持ち込むなどして混乱したりした。
成長するにつれてありとあらゆることが妄想の対象になり、現実世界での集中力は失われていったような節が見られる。
その爆発したたくさんの世界で彼女は何にでもなれ、どこにでも行き、自分がいつでも中心であった。

それが最近、本当に最近になって、彼女は自分が作り出した妄想世界がいつの間にかたったの1つになっていることに気付いた。
たまたま最近の自分はその世界が居心地がいいのだろうと思っていたはずなのに、
気が付くとあれほど多くあったはずの他の世界のことを何も思い出せなくなっていた。
行こうと思えばいつでも行けた、確かにいつも自分の側にあったはずの世界たち。


そしてこの日の早朝、眠れず唯一残った妄想世界に自ら向かおうとしていた。
思えば彼女の妄想史上もっとも長く構築され続けていた世界だった。
これを彼女は突如激しく拒絶したのである。出てくるな、と。


「疲れたんだ・・・あの世界に・・」


彼女は茫然としていた。
間接照明をつけただけの暗闇の中で、彼女は自分の足首から先が全く見えなかった。


アンビバレンス

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