彼女の話

1000の中の彼女

投稿日:2017年5月22日 更新日:

彼女は最近大変忙しい女性と会う機会があった。
この女性は母であり妻でありPTA役員であり地域の行事係でもあるような
とてもとても忙しい人なのである。

彼女はこの人に決して複雑とは言えない
かなり明快な二極の感情を抱いたことに気付いた。
それはこの人はとても素敵で面倒くさい、ということだ。

この女性Hはいつもすごく忙しいのに、面倒見がいい。
いや、面倒見がいいから忙しいのかもしれない。
とにかくその日の予定はほとんどがH自身のことではない、
他の誰かのために埋まっているような人なのである。
それは子供の学校行事だったり、地域のスポーツ大会の審判だったり・・・
Hの話を聞いているだけで彼女は疲れてくる。
「一日でいいから何もせずに休みたい」とHは苦笑して言うが、
それでもどこか楽しそうな人なのだ。

彼女は自分が自分のことばかり考えている人間だと自覚しているので、
Hのような人に会うと、すごいなぁすごいなぁ自分にはできないなぁと
ただただ尊敬してしまう。
実際Hはいわゆる誰からも頼りにされるようなサバサバしたアネゴ肌で
あまりHのことを嫌う人はいないだろう。


ただし、彼女はHのことがときどき面倒くさい。
何の話だったのか詳細は分からないのだが、
Hはある日彼女に『あなたは自分のことが好き?』と訊かれたらしいのだ。
彼女は頭が真っ白になっていまい、
「あなたは自分のことが好き?」とオウム返ししてしまった。
それをHは自分への質問返しだと勘違いしたのか、「好きよ!」と笑顔で答えたという。
彼女は「あ、そうですか」とだけ言ったところで
邪魔者(彼女にとっては救世主だろうか)が入り、会話は続かなかったらしいが、
去り際にHはLINE IDを尋ねてきた。
彼女はやっていない、と詫びると電話番号を渡してきたそうなのである。
以前にも書いたが、ここまでしてくる人はなかなかいない。
「近い内に食事でもしましょう」という話らしかった。
僕はさすが世話好き、と感心した。
彼女は自分のものも書いて渡した。


彼女は面倒くさいなぁと思った。
あんなにいい人だと思っているのに、面倒くさいと思っている自分もよく分からないが、
「あなたは自分のことが好き?」なんて問いは彼女にとっては余計なお世話なのである。
食事に行くのは構わないとしても、その場でその話の続きをされようものなら
勘弁してくれといいたい。

彼女はHが自分のことが好きだ、と言ったのに納得している。
Hは自分の家族がいかにおかしくて幸せかということを嫌味なく自慢できる人だ。
自分はとても恵まれている、だから他の人に還元して貢献するのだ、と
本気で実行している人なのである。
彼女も自分がそんな人間だったら
「ああ、そうさ、私は私が好きさ」と豪語しただろうと思う。
できないから多少困ってはいるが、それと同時に
「こんな風に嫌味なく言えるなんて本当に素敵なひとだよなぁと」とまた心から思っている。
(僕はそんな彼女こそハッキリ言って面倒くさい。)


Hはその行動範囲のおかげでなかなかの人脈の持ち主だ。
ある日彼女はHと別の人との会話で、
生活柄連絡先が増えて携帯には1000件以上登録してある、と偶然聞いた。

瞬間彼女は自分の足元がすくむ思いがした。
Hのスマホに押し込められている自分の番号が青白くなっているような気がした。
そこに自分がいる必要があるのだろうか、と思った。


今でも彼女は変わらずHのことを素敵な女性だと思っている。
おそらくHは1000件のひとつひとつを大事にしているだろうと思う。
それと同時になぜHは自分を1000件の1件にしたのだろうと思っている。
たとえそこに訳があってもなくても、彼女はただそう思うのだ。

-彼女の話

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