彼女の話

鍋と肺

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彼女は鍋の中を見つめていた。
鍋の中には木綿の布きんが3枚とセルソースのスポンジが一つ入っていた。

鍋の中には他に重曹とかお酢か何か酸性のものが入れられて煮洗いされていた。
布きんと一緒にぐつぐつ。
ぐつぐつ、ぐつぐつ、ぐつぐつ、ぐつぐつ。

毎週日曜の夜、彼女はこの儀式を約10分続ける。
小さくともしたガスの青い火と鍋を前に菜箸をもたげて彼女は立っている。
その間静止したまま、もはや息をしていないのではと思うほどに身じろぎしない。
そのままおとぎ話の鍋に頭から吸い込まれてしまうように
焚火を前に、フタを開けた洗濯機の前に、ぐつぐつ言う鍋を前に、
人はどうして見入って動けなくなる。


ぷぷぷぴぴ ぷぷぷぴぴ ぷぷぷぴぴ


僕の50cm先で突然音がなった。
「アレクサ、ストップ」
ハッとして彼女が声をかける。
ファンシーな音をたてたのはAmazon Ecohだった。
確かに、だれかが(なにかが)止めなくちゃ。


ガスをとめても、彼女は小さく鼓動する鍋の中を見つめていた。
それは空気を含んだ木綿が余熱でぷくぅっと膨らんでいるに過ぎなかったが、
鼓動する肺のようにも見えた。
それほどに布きんはきれいにまあるくドームしていたのである。





-彼女の話

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