HSPとその他の話

何者でもない

投稿日:2017年4月13日 更新日:

昨日の夜『天海祐希・石田ゆり子のスナックあけぼの橋』をみていた。
お酒を飲みながら観ていると尚楽しい。

だが僕は天海祐希(敬称略)が何気なく言ったに違いない質問が頭に残っている。
確かこのようなことをゲストに訊いたのだ。
”ねえみんなはさぁ、自分が何者でもなかったとき、何になりたかった?”
僕はぎょっとした。

”この人たちは今自分が何者であるのか、分かっているんだ・・・”

僕は長いこと自分が求めて手に入れられていない答えを持っている人たちを
初めて目の当たりにした、という気分をだった。
この人たちは持っているんだ!って。


そう、おそらくこの出演者たちは特殊なのである。
彼らが何者かと訊かれたら、彼らも彼らを知る人間たちも
「役者だ」
と答えるだろう。
だって彼らは役者だから。

では一介の会社員だったとしたらどうだろう。
たとえば僕は会社員だ。
お前は何者だ、と訊かれたら僕は
「会社員だ」
と答えるだろう、・・・か?

いや、僕は会社員だ。
でも何者かと訊かれて会社員だと答えるとハンパない違和感が襲う。
だって会社員は世界にたくさんいるから。
他の会社員を指さして、これがお前かと訊かれても僕じゃない。
何者かと訊かれて会社員だと違和感があるのは、対象となる存在数が原因なのか?

ちょっと待て、それなら役者だっていっぱいいるぞ。
会社員ほどじゃないけどいっぱいいる。
だが彼らは自他ともに認める役者という者なのである。


これは要するに自分がそう認識しているかしていないかという単純な問題だろう。
彼らにとって役者とは職業名であり、彼ら自身であるのだ。
職業とアイデンティティが一致していると言えるのかもしれない。
一致するまでの彼らを天海祐希は”自分が何者でもなかった”と形容したのだ。


僕は会社員だが、僕にとっての会社員はやっぱり職業だ。
職業でしかないので、僕自身じゃない。
お前は何者かと訊かれて今のところ僕は
「僕だ」
と答えるしかない。
ただし問題は”僕”は何者か、と訊かれるともう答えようがないのである。
”役者”とは何者か、と訊かれて様々な人間の人生を生きる者だ、みたいにはいかないのである。
僕はやっぱりまだ何者でもない、のだ。

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