彼女の話

そのおびただしい全存在

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彼女はそれを見たとき自分のそれが本当に白糸であると思った。
彼女はナイアガラの滝をみたのだ。


その腕はもう入れるところがない、と言うほどに白い切り傷でいっぱいだった。
上腕にも太く白いあとがいくつか残り、前腕は裏も表も元の肌の色が分からないほどに
無数の白線が走っていた。
傷で肌はボコボコで、その腕から尋常ではない何かが漂っていた。
彼女は経験上それはカッターだけではない、
包丁や工具のようなもっと厚く固い凶器が使われていると察した。


彼女はそれを狂気とは思わなかった。
ただその左腕にその人のその人たる全存在がすすり泣いているような気がした。


どくん、と心臓が波打つ。


彼女は右手に目をやろうとした。
そうせざるをえなかったその右手に。
オレンジ色の鮮やかなマニキュアが塗られていた。


その人の左腕の傷はちょうど長袖を着れば見えない位置から始まっていた。
彼女のそれと同じだった。

彼女は当時の自分とその時のその人が変にシンクロするのを感じて
頭がクラついた。
この人も隠そうとしていたのだ。
その時はなぜか隠そうと。



でも気づいたのだ。
その人の傷と自分の傷の共通点。


それは白い、ということ。
安定して白い、ということ。
それは新しい傷は一つもない、ということを意味している。
ひとつも赤くない。


彼女はその人がもう長い間自分を傷つけてはいないだろうと分かった。


そこにあったのは悪いことだけじゃない。
その人のその人たる全存在が左腕に詰まっている。
だから今は見知らぬ人にでもすべてをさらすことができる。
その白だらけの腕は得も言われぬパワーを発していた。


強い。


その一言に尽きた。

彼女は少し興奮して話した。
「ものすごいパワーなんだ。白くなっても尚感じるパワーなんだよ」
「傷があるから弱いじゃないんだ。むしろない人よりもずっと・・・」


それは精神力と言うのか生命力と言うのか一体なんであるのか分からないが。


そして彼女は自分の左手指に目をやった。



そのおびただしい全存在

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