彼女の話

優しい時間

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彼女はここひと月ほどとっても長い夢を毎晩みている。

朝意識が起きると、何か6時間ほどの長い長い映画をみたような
それでいて自分が異世界にいたかのような見事な浮遊感をもって目を覚ます。

目覚めたときの気分は夢の内容によるようだ。
脳は眠りながら夢の中で一晩中闘っていたかのような疲労感をおぼえる時もあれば
何事かを成し遂げたあとのような達成感でもって揚揚と上半身を起こす朝もある。

そんな毎朝を不思議に思いながら、つい数日前彼女がいた夢の世界は特に印象深かった。

彼女はその夢に「優しい時間」と名付けていた。

殺す、死ぬ、傷つける、消える。
夢見る毎晩の多くにそんな出来事が重なる中、
「優しい時間」にはただ時が易しい穏やかな時間があっただけなのだという。


そこには彼女の気に入った人がひとりいて、
彼女たちを訪ねてくる様々な年代の子供たちがいた。

時刻はおぼろな夕暮れ時かふんわりとした朝方のイメージだろうか。

時には子供らの母親もいたりして彼女に話をしてくれた。

その内の一組の親子はいつも大きなガラスボウルを持っていた。
そのガラスボウルの口は小さく上にフタがかぶせてあった。

”この子はこの鯉を自分から50cm以上離そうとしないんですよ。”

そういって困ったような苦笑を浮かべた母親はフタを外して中の生き物を見せてくれた。

(「鯉・・・?」)

彼女にはそれはどうも金魚のように見えた。
頭部から腹部にかけて特にエラ辺りがふっくらとし、ひらひらの尾びれまで悠々と赤く金色だった。

彼女はこれは金魚のような気もしたが、その大きさは確かに鯉のようであったし、
何よりこの親子はこれを鯉と呼んでいるのだからこれは鯉なのだろうと思った。
その「鯉」はガラスボウルの中でひどく窮屈に収まっていた。
泳ぐことは叶わないように見えた。

彼女はこのガラスボウルを半径50cmから離さないという子供を
その子の母親といっしょに横に腰を下ろして眺めた。
子供は土の庭で遊んでいた。

夢の中でその子供は男の子とも女の子とも判別がつかなかった。
ただこの巨大な鯉と、それを生かす水と、ガラスボウルと、そして目の前の子供と。
それらを移動させるこの母親に同情した。

「大変ですね」

彼女は大変だな、と思ったので「大変ですね」と思わずそのまま口にした。

”もう大変ですよ。おもいし。”

母親はそう言って笑った。

”重いし”と言ったのか”思いし”と言ったのか彼女は少し困惑したが
母親は少し疲れているようにも見えた。



その家には他にも高校生くらいの子たちもいたし
もっと小さな人たちもいた。

彼彼女らのどれもがその場所を一時的なよりどころにしているらしかった。


彼女はふと自分もそうなのであろうと気づいた。


彼女が気に入ったその人を、他の誰もが慕っているのだろうと気づいた。


長い長い夢の中でその人の声だけを彼女は聴くことができなかった。




優しい時間








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