彼女の話

彼女の時計

投稿日:2016年12月30日 更新日:

残念ながら先日電池を交換した彼女の腕時計の針は
再び散漫な仕事を繰り返すようになってしまった。

修理査定に出そうと考えた彼女はまず時計屋の少なさに驚いた。
文明の利器スマホを頼っても彼女の住む周辺には見つからない。
仕方なく自転車を20分ほど走らせて100年以上も続いているという時計店へ行ってみた。

彼女はよく思うのだが、古い時計店というのはなぜこうも煩雑でわくわくするのだろう。
ありとあらゆる平面上に所狭しとあらゆるものが置かれたり貼り付けられたりしている。

予想していたように店主は少し口下手のようで、
しかもついさっき口に放り込んだものを必死に隠そうとしながら話すので、
一体なんと話しかけられたのか分からなかった。
(さらに言えば彼は深い口髭を生やしていてモフモフ話す。)

彼女は電池は新品に替えたばかりであること、磁気抜きは済んでいることを伝えた。
店主はうんともすんとも言わず黙って時計を受け取った。

例によって彼の作業台は一体どこに彼女の腕時計を置くつもりなのかというほどに
小さなものや大きなもので溢れかえっていて、
彼は手の甲でそっとそれらを大切そうに押しやって10×20cmほどの
やっと彼女の時計と彼の両手が収まるほどの空間を作った。

その間彼女は出されたお茶を飲んだり(とても温かくておいしい)、
安っぽいものやバカ高いものが共存するガラスケースの中をただ眺めて過ごした。

彼女の腕時計は結果的に約5,000円の修理代を必要とする大病だった。
もともと99USDで購入したものだ。
(買った当時の彼女にとってはかなりの大枚をはたいたつもりだが。)
それを10年以上も使っていたのだから十分だと思えた。
何よりもこの時計は多くの外出時においてもう体の一部であり、
元気に戻ってきてもらわなければ気持ちが悪いのである。
彼女は部品の交換と修繕を依頼した。

原因は湿気だった。
手を洗った時などに少しずつ染み入っていった小さな小さな水滴が、
歯車や他の部品を滑らかに動かしてくれていた油をそぎ落としていき、
ついにはその時を止める結果となってしまった。
彼女は悔いた。
いつもそこにあった当たり前の存在が小さな水の滴にやられてしまうほどかよわいものだったとは。
今でも好きでたまらないと思っていたのに、いつのまにこんなにずさんな扱いをしていたのだろう。

こうやって人は何かを失くしていく。

今年彼女はこの腕時計と年を越すことはできないが、
直るときいてまた来年はずっとそばにいてくれるだろうことを思い、
ふんわりと幸せな思いがした。


彼女の時計

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