彼女の話

涙の世界

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彼女は目に涙をいっぱいに溜めていた。
僕は彼女が一体どこに視線を定めているのか分からなかった。
それはおそらく彼女から見えた世界も同じだったに違いない。
ちょうどプールで水面があなたの網膜を横切った時、
その揺れる波が誘ったあの不安をあなたは覚えているだろうか。
彼女はずっとその中にいる。


彼女は許すことができない。
何か怒りや悲しみを抱えてはすべて箱や壺なんかにいれてどこかに置いてくる。
でもそれはふとしたことをきっかけに蓋が開いてしまい、
そして彼女のリアクタンスが勃興する。
誰かが始めて、自分で仕掛けたその呪縛に突然また気づかされる。

思い出した途端に、彼女の心の中は
「まるで運動場に引かれた石灰の線たちが雨に打たれて汚く消えて行くように」
まだらになっていく。



彼女は分かっている。
許してしまえばいい。
しょうがなかったのだ。
あの中に入っているすべてはどうしようもなかったことだ。
自由に楽に生きている人たちはきっと多くが許すことのできる人たちだ。
自分もそうなれるはずだ。
許してしまえばいい。

一体何度そう思ったことだろう。
その度に彼女は目に涙が溜っているんだか、自分がプールに漂っているのだか
それが分からないくらいに視線を泳がせ、でも絶対に零さないように気をつけながら
許すことができない自分を悔いている。
それこそが自分の首を絞め続けているのが余計につらい。


彼女はまた涙の世界を浮遊しながら思った。
自分はどれだけ許されなかったのだろう。
そして自分は一体どれだけの人からどれだけの許しを得てきたのだろう。
許しが可算名詞だとしたらどっちがどのくらい多いだろう。

彼女は考えたくもない、というように顔をしかめた。
そしてまた気づく。
こうやってまた首が締まっていく。
濡らされて乾かされた革ひものようにどんどん強固に。


彼女は紙にかきだしてみようとしている。
それは文字かもしれないし、絵かもしれない。
吐き気がしても、許された事実を可視化しようと。
せめて水面上へ上がってこようと。
少しそう考えている。

-彼女の話

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