彼女の話

彼女を包む音

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引越しをして彼女は色んな音に耳を傾けるようになった。

近くに川や木々が多くあることで、鳥が多い。
色んなさえずりが聞こえてくる。
時々は雨どいをトントン跳ねながらぴーちく言っている。
その足音はなんともたどたどしくて愛おしい。
彼女はその間気を遣って窓に近づかない。

午前中は決まってトランペットの音が聞こえてくる。
実際にはトランペットかは分からないし、
音がするときに川沿いを歩いた時も姿を探してみれどどこにいるのか分からない。
なんの曲か知らないが、2時間くらいはいつも聴こえてくる。
その安定した響きは立派なBGMの役割を果たしており、
彼女は毎朝なんだか得をした気分になる。


昼間は比較的静かだ。
彼女はよく眠たくなる。
静かの音に浸る。


夕方になるとまたトランペットの音が聞こえてくる。
しかし奏者が朝とは明らかに違う。
彼女が越してきて少し経つが、相変わらず最初に聴いた音の羅列と全く同じものが今も聞こえてくる。
ほぼ毎日。
トランペットの基礎であるフレーズなのかもしれない。
誰だか知らないが、音が聞こえてこない夕方は彼女は勝手に心配している。



夜7時ごろになると、これも決まって近所の子供たちの声が聞こえ始める。
どうも姉妹のようだが、祖母が付き添って外で遊ぶ。
よく「ごはんはたべましたか」の問いかけではじまり、
「おふろにはいろう」で静かになるので、
夕飯と入浴の間の時間に外に出てくるようだ。
かなりおてんばな二人であるようで、めちゃくちゃ騒がしい。
以前たまたま見かけたが下の子はまだ2歳くらいだ。
憶えたばかりの言葉を鼻にかかった声で一生懸命にずっとしゃべっている。

これは夜にかぎったことではないのだが、この下の子がすぐ泣く。
ほんとにすぐ泣く。ことあるごとに泣く。
毎晩この時間もあまりにすぐ泣くので彼女はおかしくてたまらないのである。
すぐ泣くがすぐ泣き止む。
この自己主張が微笑ましい。
小さい子は自分を表現する手立てがまだ少ないだけなのだ。



彼女はここでよく窓を開けるようになったために、
騒音を耳にすることも増えた。
近くに駅があるのでかすかな電車の音や踏切にアナウンス。
前を通る車の音や日曜大工の機械音。

あまりに大きな音でない限り、彼女はなんとなくそれらを生活の音と捉えることができるような、そんな可能性を感じている。
そこに恐ろしさを感じなくなるかもしれないということ。



雨の日は彼女にとってはちょうどいい小休止となる。
いつも聴こえる音も声も聞こえない。
窓を閉めきればいよいよ静寂があるのみ。
夜自分だけの世界で彼女は少しあの泣き声が恋しくなる。

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