彼女の話

スペクトルの中に零れる虚しさ

投稿日:2017年5月6日 更新日:

どうしてこうなってしまったんだろう。

彼女は後ろを振り返ると、
嬉しかったことや楽しかったことをよく思い出す。
それなのになぜだか彼女は生まれて来なくてもよかった、と思っているのだ。


正確には彼女がハッキリとそういったわけではない。
ただ時折彼女はそう思わせる途方もない虚しさを体中に零すことがある。

僕はその虚しさをすくい拾って受け止めてやることのできる人間が
昔も今も彼女のそばにいない、ということが気になっている。
誰でも良かったはずなのに、たった一人もいなかったのだ。


原因は彼女が幼児期からすでに仮面を身に着けることが習慣となってしまったことかもしれない。
自分のその時あるべき姿を感覚的に察してふるまってきた。
時には優等生に、時には問題児に、偏屈になって。
そんな一貫性なくかわるがわる仮面をかぶりまくる彼女に
いつしか周りは”何を考えているのか分からない、扱いづらい”人間、
または”ひとりでも大丈夫な強い”人間などとラベリングしていくようになる。


今彼女は自分の問題に気づいていながら、一体どこからやり直せばいいのか分からない。
彼女のイメージでは自分は仮面をつけて生まれてきたような気がしているのだ。
最初から自分はいないので、自分でもどれが自分か分からない。
やり直すには生まれていないところから始めるしかない。
それならばいっそもう・・・とどこかで思っている。


ただし、冒頭にも書いたように
彼女には楽しかったことや嬉しかったことの思い出もたくさんあるようなのである。
いや、あんたそりゃ、生きてりゃいい時もあるし、空しく感じるときもあるよ、
人間だもの、と言われそうだし、確かにその通りなのだ。

ただ、僕は彼女を視たり話をしたりしていると、
人に一般的にみられる良い時と悪い時の波があるのに対して、
彼女にはそういったサイクルではなく、
そういった波がずっと同じ強さで持続したスペクトルとなっているように見えるのである。

なんだか僕もかなり理解しがたいことを言い出してしまったが、
これは本人にとっても周りにとってもどうにも手に余ることなのだ。
良いことも悪いこともずっと同じ強さで自分の中に常にある、と想像してみてほしい。
それが難しければ、宝くじで3億円当たったがその1分後にはそれが見間違いだった、
しかしその1分後にはいや5億円が当たっていたのだと思ったら
そのまた1分後にはその券をひったくられた、といった状況ならどうだろう。
ものすごく疲れて、そしてなんだかため息を尽きたくなる虚しさにかられないだろうか。
かなりざっくりだが、彼女にはこんなことが四六時中続いているのである。


ずっと仮面をつけていると、良いことも悪いことも表面上相殺されてしまうことがある。
自分の気持ちはいつもどこかに置いてくるが、
いつしかどこに置いてきてしまったのか分からなくなったり、
そもそもそんなものがあったことすら忘れていってしまったりする。
もちろんそれでうまくいくこともたくさんあるし、
世の多くの人たちにとってはむしろその方が楽で、上手に取捨選択することができる。
自分から零れたものを誰かに拾ってもらったり、
誰かのそれを拾ってあげたりすることでできるようになるのだ。


彼女は疲れてきた。
気持ちをいったんどこかに置いてくるのも疲れたし、置き場だってもうあまりない。
できることならこの経験をもって最初から生まれ直したいがそれもできない。
かといって別に死にたいなどと思っているわけでもない。

彼女は「真っ暗な宇宙に浮かぶ虹色のスペクトルだと思ったら
存在としては小さいけど、とても人間らしくきれいでしょう」と言う。
忘れてはいけないが、彼女は基本的には前向きな人間なのである。
これがまた彼女を知ろうとするのにやっかいな要素だったりするのだ。



スペクトルの中の零れる虚しさ

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