彼女の話

惜しい音

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彼女にしか聴こえない音がある。
ごく小さいころから聴こえていたので、それがどうも他の人には聴こえていないようだ、と気付いた時はかなり仰天した。


一番最初に気付いた音は太鼓の音だった。
夏だったので近所の夏祭りのために誰かが近くで練習しているんだな、と思った。
しばらくして季節が過ぎ、冬になってまた聴こえた。
彼女はまた何かの行事のために練習しているのかなと思った。
いつの間にか年が明けて、春になってもまた聴こえた。
ああ、きっと太鼓クラブみたいものがあって通年練習しているんだろう、普段も聴こえているのかもしれないけど気に留めていないと全然聴こえないものだな、と思っていた。


引っ越したりして、太鼓の音は聴こえなくなったが
いつの頃からかロックフェスティバルのような音が聴こえるようになった。
(ちなみに大きな音も人ごみも嫌いな彼女はロックフェスなど行ったことがないのだが)
ドラムだけでなくシンバルとかベースみたいな重い音も聴こえてくる。
それから周りでわいわい騒いでいるたくさんの人の気配を感じる音も。
それはときどきクラブミュージックのようなドッドッドッとかドゥンドゥンドゥンドゥンとかいう
「胸に重しをひっかけようとしているかのような音」が目立って、
静かに過ごすのが好きな彼女をイラつかせることがあった。

こういった音が自分にしか聴こえていないと知ったとき、彼女は知人と大きな公園にいた。
かなり巨大な公園で、園内を車道が通っていたり大きな林が点在していたりゴルフコースもあった。
ふとあのロックフェスの音が聴こえてきて一緒にいた知人に今日はなんのイベントがあっているのか、訊いた。
知人は、さぁ平日だし何もあっていないのではないか、と答えた。
彼女はびっくりして、でもライブがあってるみたいじゃないか、と畳みかけると
どこで?と訊き返された。

そのあと彼女は聴こえる方角やその音楽のイメージなど説明したが相手は全く聞こえないという。
彼女には遠くではあるがハッキリ聴こえたので気持ち悪くなってあとでその公園のイベント情報を調べた。
が、やはり何も開催されてはいなかった。
当時の彼女は自分は頭がおかしくなったんだと困惑した。

確かに思えば子供の頃聴こえていた太鼓の音だって、太鼓の練習なんかするには近所迷惑としか思えない時間帯であったし、
太鼓にしてもロックフェスの音にしてもいつも聴こえていたのは左耳だったのである。
「なぜこんなことに気付かなかったのか」
こういう時の彼女は右耳が詰まっている感じがすると思ったことはあったが、それが聴こえてくる音と関連づけて考えられることはなぜかなかった。

その後はあまり聴こえなくなって忘れていたのだが、
最近また聴こえることがあるようで、それはロックというよりポップスっぽいそうだ。
そして気づいたのだが、いつだって聴こえているときはそれを幻聴だとは思いもしないのだ。
決まって少し経って「そういえばさっきのあれはもしかすると・・・」とハッとするのである。


僕も少しこれについては心配になって調べてみたが、
どうもこういう体験をする人はときどきいるようで、
四六時中それに悩まされて不眠になってしまうというようなことでもない限り問題はないようだ。

彼女は若い時のようにこの現象を怖がることはなくなったが、
時折聴こえてくるこれらの音は時に頬が緩むこともあるようで、
自分におたまじゃくしが理解できれば書き起こして紡ぐのになともったいなく思っている。



惜しい音

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