彼女の話

沿線生活2

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沿線生活はいつまでたってもうるさいことに変わりはなかったが、
しばらく住んでいるうちに彼女はいろいろな線路沿いの風景をみた。


撮り鉄と呼ばれる人々を見たのもここでだった。
そばの踏切や彼女のアパートのすぐ目の前で自転車を停めてカメラを構えていた。
彼女の家の前からは遠近感でもってどこまでもつづくかに思える線路の風景が見えて、
誰でも一度は立ち止まって去っていく電車の後ろ姿を見送ったことがあるのではないかと思う。

撮り鉄の多くは中年のおじさんだった。
車は止められない狭い場所なので、自転車やバイクを道の端に申し訳なさそうに停めて
なんとなく気恥ずかしそうに寒い日や暑い日差しの下でカメラを抱えていた。
彼らとすれ違うたび彼女は「おつかれさまです」とか「ぐっどらっく」とか
心の中で声をかけた。


唯一解せなかったのは、たそがれ時にあまり彼らの姿を見ないことだった。
撮り鉄も仕事ありきだろうから仕方ないのかも知れなかったが、
彼女はあの線路は夕焼けと共に見るのが一番美しいと信じている。
あかい背景に線路や架線の真っ黒な無数のシルエットは涕泣に値した。
世界にはもうそれらしかないように思えた。
彼女は今でもベランダから見たあの風景を思い出して絵に描くことがある。


他にもこれまた夜中に整備のために4人の男たちが
事前に敷かれた新たな敷石を機械も使わずひたすら割ってばらまくという作業も目にしたことがある。
この時もその音で起きたのだが、何とも言えない哀愁漂う音なのだそうだ。
まるで昭和のどこぞの炭鉱で石炭が割られているかのような「カーンカーン・カンカンカン」と響く。
しかもそれが真冬だったりして、
彼女は自分にもう少し勇気があったら缶コーヒーでも差し入れたのにと思った。
4人の男たちは深夜のためか私語もなくひたすら石を割っていたのである。
何に思いを馳せながら彼らは腕を振り上げているのだろうか、
今夜はこの線路をどこまで行くのだろうかとなかなか進まないその足取りをいつまでもみていた。


それから、近所のおばさんが線路途中の柵のドアを開けて線路のそばまで接近するのもみた。
おばさんはすぐ近くの自分の田んぼから出てきて、
その柵のドアから迷うことなく線路傍に侵入し、屈みこんで何事かしているのである。
彼女は驚いた。
普段は閉まっているからおばさんは鍵を持っているのであろうが、
割烹着を来た普通のおばさんがなぜ線路の柵の鍵をもっているのだろう。

踏切の警告音が鳴りだしてもおばさんは柵の外に出なかった。
ついに電車が近づいて、警笛を鳴らした。
いや、警告のための警笛というより、あいさつ的に「ふぁん」と一つ鳴らしたのだそうだ。
車掌さんも知っているこのおばさんは一体何者なのか・・・
田んぼに流す水の栓でもあったのかしら、と未だに時々考える。


沿線生活は確かにうるさい。
できればあのようなところにはもう住みたくないなと彼女は思っている。
でもふと寂しくなったとき電車の音をきくと、この世界には他の存在もいて生活している、と感じた。
時にはカーテンを少し開けて電車の中の人たちの姿をみて、その存在を目視した。

線路のそばには人々と生活のドラマがたくさんある。
彼女はそんな話をまだいくつかもっているようなので、
そのうち沿線生活3を書くことになるかもしれない。


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