彼女の話

水面に浮かび上がる絵

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田植えの時期だ。
彼女は少しずつワクワクし始める。


今年の梅雨は降水量が少ないようだ。
梅雨に入ったとは言いながら日が差している日の方が多い。
彼女は少し知っているだけの農家のおじさんと顔を合わせるたびに
「雨が降りませんね」「まだ降りませんね」と同じ会話を交わしている。
おじさんは米農家だ。


多くの人はこの梅雨の時期を嫌うが、彼女は雨が嫌いではないので
災害にならない限りあまり気にしない。
眠りにつくとき、休日の朝、しとしと雨が降っているとにっこりする。

それに降るべき時に降らなければ農家は困るし、野菜だって高くなる。
降るときに降った方がいいのだ、と彼女は口癖のように言う。


彼女の城の前には田んぼがある。
普通の住宅地なのだが、そこだけぽっかりと田んぼになっているのである。
住宅地の中だから大した面積ではないが、手入れに機械が必要な広さではある。

この時期、まず堰き止められていた近くの小さな川が増水を始める。
その水量によっては彼女の城まで聞こえてくる。
そうすると彼女は始まるなぁとわくわくしだすのだ。

そうこうしているうちに、いつのまにか整えられた田んぼは、
茶色い洋服が少しずつ濡れていくようにある一角から徐々にその色を濃くしていく。
田が水入れされていくのだ。
数日かけて川の水は田に行きわたり、最後には完全に水が張られて水田となる。

その少しずつ田んぼの土が水を吸い込んで一部分からタプタプになっていく様は
「まるで誰かがこの茶色い大きなキャンパスに少しずつ絵を描いていく」ようなのだと言う。
ある夜、完全に満たされた田んぼは反対側にある建物の明かりをその水面に映す。
田植えが始まって苗が水面を覆い隠すまでに成長する
その一時期だけ見られる、とても美しい光景が彼女の城の前に現れるのだ。


今水はまだ田んぼの1/3ほどにしか満たされていないらしいが、
すでにその一角では明かりが灯っているという。
いつの間にかどこからかやってきたたくさんのカエルの声を聴きながら
彼女は今年も早く絵が出来上がってこないだろうかと毎晩眺めている。


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