彼女の話

彼女と『深夜特急』

投稿日:2017年1月1日 更新日:

彼女がはじめて『深夜特急』を知ったのはある年の正月で
ドラマ『劇的紀行 深夜特急』三作が三箇日にわたって一話ずつ放映されたのがきっかけだった。
今思えば年が明けて早々の深夜(放映は深夜だった)になぜ『深夜特急』をもってきたのか、
それほどの他意はなかったのかもしれないが、それはもう企画者のセンスとでも言おうか。

彼女はあの夜テレビだけが光る暗闇の中で、ベッドの上で、
その言いようのない雰囲気を今でも忘れることができない。

新年という非日常の時間と異空間ともいえるドラマ映像。
いつもと異なるという共通点を持ちながらこの二つはまったくマッチしていなかった。
その二つの不思議な世界に挟まれた記憶、としてかの有名な『深夜特急』は
その後も長く彼女の脳裏にこびりつくことになった。


第一話が放映された夜はただ放心して眺め、一瞬にして放送が終わってしまった。
小さな彼女はエンドロールをよくよくみなかったことを後悔しながら、明日の夜につながることを知った。
彼女はこのために次の日の昼間眠った。


待ちかねた1月2日の深夜、あの不思議な世界が再び彼女を包みこんだあと、
やっとの思いでそこから這い出て自分を取り戻し、エンドロールの一文字一文字を目で追った。
そこでどうやらこのドラマは何かの本がもとになっていて、
それを書いた人は沢木○太郎という人であるらしい、ということを知ることになった。
(彼女はこの頃すでに目が悪く、暗闇で観ていたために”耕”の字がつぶれて見えなかったのだが、
三夜目にブラウン管に近づいてみても、どうやら自分の知らない字のようだと分かり結局は読めなかった。)

この時彼女はまだこの本がノンフィクションであることを知らなかったし、
子供のわりに本をよく読む方ではあったがそもそもまだノンフィクションやルポルタージュという言葉自体知るはずもない年頃だったのだ。
そしてこの二日目の夜、エンドロールのあとまた明日もつづきが放送される、ということを知って彼女は喜んだが、
それとは裏腹に「一体いつまであるのだろうか、学校が始まる前までに終わるのだろうか、
毎晩観たいけどこんなに遅くまで学校が始まっても見られるだろうか」と
三夜目で完結するまでの24時間そればかりを気にしていた。


その後どうやってこの作品と再会し、沢木耕太郎を読み続けることになったのかは
まったく思い出せないのだが
とにかくこの時期になるとほぼ毎年のようにあの自分一人だけが浮遊する異空間にいた三夜のことを思い出す。
(実際に彼女の記憶では「まっ黒の世界に魔法のじゅうたんのようにふわふわ浮くベッドの上であぐらをかいて座っていて、
目の前には小さなテレビが同じくふわふわしながら『深夜特急』を映しており、
部屋の中にほかに何かあったことは間違いないがまったくわからない。」となっている。)

その後文庫で『深夜特急』を読破したことをきっかけに他の多くの沢木耕太郎の著作を読むことになるのだが、
彼の著作としては『テロルの決算』が最も無心で読みこんだものであり
『深夜特急』は彼女にとって必ずしもそれがベストだ!と言えるものではない。

ただ彼女にとっての『深夜特急』はまさにあのほの暗い三夜であった、ということがあるだけだ。


ちなみにこのとき彼女は大沢たかおもはじめて知るにいたり、
以来今でもずっと大沢たかおのファンである。

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