彼女の話

投稿日:2017年6月3日 更新日:

彼女は最近ある男性がぜんそくで亡くなったことを聞いた。
知り合いの知り合いの話で彼女は会ったこともない。

男性は若いころからハチャメチャの生活をしていて、
周りによく迷惑をかけてる生活を送っていたそうだ。
それにも関わらず子供好きであったり、どうにも周りからすると憎めない、
どうしようもないことをやらかしても何度でも叱って諭したくなるような人だったらしい。

そんな彼が最近になってまっとうな(?)な生活を送るようになったらしかった。
定職に就き、毎日辛くも一生懸命に働き、一般的な暮らしを始めたらしかった。

それなのに彼は死んだ。
空っぽの吸引器のそばで彼は横たわっていたのだ。


彼女は聞きながら涙をこらえるのに必死だった。
彼がおそらくはお金がなくて補充することができなかった吸引器を握りしめ
肺に音をたてながら懸命に呼吸しようとする見たこともない彼の姿を想像した。
だんだん涙をこらえる喉が苦しいのか、自分の肺まで苦しくなったのか分からなくなってきた。


彼女はいつも肺の病気を他の病気以上に恐れる。
タバコの吸いすぎで黒くなった肺を見たときや、
肺にカビが生える病気の話、肺がん、そしてぜんそくなど、
見たり聞いたりしただけでとにかく足がすくむ思いがして息苦しさを覚える。


彼女は思う。
苦しい、という言葉は体からきたものだろうか、こころからきたものだろうか、と。
痛いとか辛いとかより「苦しい方がよっぽどいやだ」と。
「苦しいのがいちばんいやだ」、と。


彼はどんなにか苦しかっただろう。
その生の最後の瞬間が、息ができない、ということ、
そして自分は死ぬのだ、ということをその苦しさの中で感じたのだろうか。


彼女は自分には想像できない、と思った。
自分は苦しい苦しいと思っているところがあるけれど、
きっと本当の苦しさなんて知らないのだ、とハッとした。



肺

-彼女の話

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