彼女の話

彼女が人を殺した朝

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彼女はひどく青白い顔をして落ち着かない様子で言った。
「人を殺した」

僕は何をバカなことを、と一蹴しかけたのだが、
彼女のあまりにおびえた様子に少し動揺してしまった。

とにかく
彼女は人を殺したと言っているのだから殺したのだろう。


相手はよく知っている職場の女性だという。
気がついたらその人の体は自分のそばで2つになっていて、
それぞれベージュのきれいな布に包まれて細いロープで巻かれていた。

僕は、他の誰かが殺した後自分が居合わせたのでは?と確認してみたが、
彼女は、布に包まれた中の人が誰なのか自分は知っているのだ自分が殺したのだ、とイラついた。
そばにもう一人同じ職場の人がいて、少し話した後部屋を出たという。

彼女はなんてことをしてしまったのだ、と歩き回った。
エレベーターに乗ったり、落ち着いて食事をしようと店をみてまわったり
これから自分はどうなるのだろう、これからの人生をずっと監獄で暮らすのだ、と考えたり
殺してしまった同僚の家族のことを思ったりした。
かわいいお子さんたちも素敵なご主人もいるのだ。
とりわけご主人は奥さんのことをとても大切にしていた。
奥さんの亡骸を車に乗せ運転する彼の横顔が脳裏に浮かんだ。

どうしてこんなことになってしまったんだ!
まさか自分がこんなことをやってしまうなんて、
お願いだから夢なら覚めて
どうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
あの時どうしてこんなことを!


ぐるぐるぐるぐる上へ行ったり下へ行ったりうろついたりを繰り返している内、
ふと気づくと焦燥感と不安のそばに妙な落ち着きも感じたという。

実際オロオロしているのは仮面で、
当の自分は人殺ししたにも関わらずあまり気に留めていないのでは、とでもいった感じの。


遺体が転がる部屋に戻ると、さっきはきれいにくるまれていたはずの布が剥がされ
顔が覗いていた。
彼女は変だな、と思った。
また先ほどと同じ職場の人も部屋に戻ってきていて、何事か話していた。
話している間、彼女は遺体の顔が動くのを見た。
むずがゆい、とでもいうように表情筋が波打っている。
これは死後に起こる自然反応なのだろうか、とぼんやり見ていると、
一つずつ布にくるまれていたはずの2つの遺体は、頭部の意思でもって滑りずれるように下半身の布に近づき
すぅっと繋がると少し微笑んでベージュの布に包まれたまま歩き出て行った。

彼女はあっけにとられながら
きっと、どうして自分を殺したのか責められると恐れた。
みんなに言いふらされて訴えられるのだ、と。
一緒にいた人は良かった良かったと手を叩いて飛び上がり喜んだ。


部屋を出ると、ボートレースが始まろうとしていた。
金持ちのぼんぼん達によるぼんぼん達のためのレースのようで、
ボートの待機場そばを通過しながら下品に笑い合う彼らを彼女は蔑むようにみた。
ぼんぼん達の中にもそれに従わざるを得ない弱い人たちの中にも知っている顔があった。
そのうちの一人が口惜しさにまみれた顔でぼんぼんの黄色いボートを必死に押し出すのを見た。

桟橋にでると体を二つに切り裂かれてさっきまで死んでいたはずの人が
家族と一緒に笑い合って遊んでいた。
何か神聖な存在であるかのようにベージュの布は巻かれたままだった。



僕は安堵した。
殺していないじゃないか、と。
でも彼女はあんたは何も分かっていない、と
「違うよ、あの人は私を犯罪者にしないためにそういうことにしてくれたんだよ、
私は殺したのに!
あの人はとてもいい人だから」
そう言うと彼女はポロポロ泣き出してしまった。

「あの人はとてもいい人だから」
彼女は泣きながらもう一度そう言った。


彼女はとても頭が痛い、と言っていた。
顔が青かったのはそのせいだろう。


結局その日は一日中シクシク泣き通していて、なかなかその迫間から出てこなかった。
僕は休み明け彼女が職場で「そういうことにしてくれた」その人に会った時
また泣き出さなければいいがと思った。

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