彼女の話

幸せは手さげ袋の中に。

投稿日:2016年12月1日 更新日:

今日彼女はとても幸せな気分で笑った。

 

彼女にはときどき顔を合わせるおじさんがいる。

おじさんといってももう初老の、おじいさんだ、とご本人はいうのだが。

この初老のおじさんはいつも元気でよく話す。

テレビをほとんどみない彼女だが、このおじさんはニュースや芸能に詳しくよく彼女に新しい情報をもってくる。

そんな情報をまるで自分がとってきたネタのように自分の所見や冗談を絡ませながら一生懸命話す。

彼女は彼が話すと不思議と嫌みがなくなる世の中のできごとを「ふんふん」と聞いている。

 

彼はいつも麻だか綿だかでできている手さげ袋をもっている。

「ベージュの30㎝×18㎝くらい、マチなし、ファスナーなし」の袋で、「100均にありそう」な。

彼女は前からその中に何が入っているのか気になっていた。

男性、特に彼くらいの年代ならあまり手さげ袋どころかバッグも持ち合わせていないことも多い。

彼はあの中に何を入れているのだろう。

 

「バッグ、いつも何入れてるんですか」

 

彼女は今日ついに少しどきどきしながら訊いてみた。

彼は少し考えるそぶりをして、「家の鍵と、財布と、携帯と、、、」

そして「あと幸せ」とにやりと笑った。

それから「愛もちょっと入ってる」と付け足して、わっはっはっはっはと大きな声で笑った。

 

「なんて素敵な人だろう!」

「そうか、幸せはそこにあったのか」

なにかのドラマだか映画だかに出てきたような、どこかできいたようなセリフが

色んなオレンジ色の感情で瞬時に彼女の心のなかを塗り替えた。

いや、今日彼女がみた「彼とその風景こそが映画になりえた」。

 

彼は単身赴任を解かれてもうすぐ奥さんが待つ島に帰る。

その後もう彼に会うことはきっとないだろう。

 

彼女は彼が中身をのぞき込むために少しだけ開いたそのバッグの口から

ほんのちょっと、ふんわりと幸せが湯気のように立ち上ったのが見えた気がした。

放出されて空気と同化しそうになったそれを彼女は小さくおいでおいでの仕草で招き寄せ

自分のポケットにしまって笑った。

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