彼女の話

ミルクと牛乳

投稿日:2017年8月11日 更新日:

余談だが、ここで彼女になぜミルクなのかと尋ねられた。
牛乳ではいけないのか、というのだ。
僕はそこはそんなに重要ではないと話した。
彼女は眉をひそめた。


言葉を使うのにシャレづくなというのである。
ハイジじゃないんだからミルクなんて言うな、と。
僕は少しムッとして、ハイジはスイスが舞台だから
ドイツ語だかフランス語だか知らないが、とにかくハイジもミルクとは言わないだろうけど、と反論した。
彼女はそこはそんなに重要ではない言った。
今度は僕が眉をひそめた。


確かに牛乳だってよかった。
でも僕はミルクの方がなんとなく言葉が柔らかいし、牛乳よりあたたかい感じがする、と思ったのだ。
別にシャレづこうとしたわけじゃない。
大体これは僕のブログだ。
牛乳と言いたけりゃ自分のブログで言ってくれ。
と、言いたいのを僕は喉元でグッと抑えた。


彼女は言葉に敏感だ。
ハッキリ言ってこういう時僕はかなり面倒くさいと思う。
特に深い意味があって使ったわけでもない、感覚で放った言葉を彼女はいちいちキャッチする。
そこでそれを使う意思は何かと。


彼女は本を読んでいるときにも時々作家に文句を言う。
以前なんの本だったか、確かミステリーだったと思うのだが、
使う単語が気になる、と言って珍しく読破できなかったことがあった。
本や作家にも、自分というものとの相性はあるだろうからそれは仕方ない。
フィーリングとか難易度とか、自分にとっての読みやすさってやつだ。

この時のミステリー本は彼女は最初から小さなイラつきを感じていた。
使う言葉いちいちインテリだったのだ。
最後彼女がその本を読み進めるのをやめた決定打は”膾炙”だった。
どんな文面だったか憶えていないが、彼女はとにかくその言葉を見たとき
もういい、と思ったのだ。
その言葉の意味が分からないわけではない。
でもそこで”膾炙”の必然はない、と彼女は判断したのだ。
なぜ、”世の中でよく知られている”ではいけなかったのか彼女は不思議でならなかった。
この小説の中で必然性を感じない言葉にぶつかる度に彼女の集中力は途切れるのである。
「今、この言葉」だった意思はなに、と。

そうなるともうそればかりが気になってストーリーどころではないのだ。
この作家は本当に読者を没頭させる気があるのか、
親しみにくい言葉を駆使連発して彼の言いたいことは一体なんであるのか。
「元外交官だかなんだか知らないが、作家としてのあなたと読者としての私の間に深い溝しか見えない」
教養の問題と言われればそれまでだが。


話は大きくそれたが、一般的でない言葉として僕はふと”傀儡”を思い出した。
僕は以前に別の投稿で”傀儡”という言葉を使ったのだ。
あの時僕はその言葉を使うのを少しためらった。
彼女にそれはいいのか訊いてみると、これはこれでいいのではないかと言った。
あやつり人形よりも傀儡は狂気を感じる、と。
ちなみに彼女はこれに関しては全く興味がない様子で、
ひどくどうでもよさそうに最初の2行しか読まなかった。
傀儡よりも牛乳かミルクか、なのだ。

これで彼女の面倒臭さが分かってきた人もいるかもしれない。
いや、誰かわかってほしい。

話は再びミルクか牛乳かに戻ったので、僕はこれは個性と同じだと話してみた。
書き手と受け手の温度差を同じにすることは不可能なのだ。
僕と君のミルクと牛乳に温度差があるように。
電子レンジからカップを取り出したとき、
僕はそれが多少ぬるくなっていたってそれが熱を帯びていればミルクって感じがするのだ。
牛乳ではないのだ。
そしてそれは誰も傷つけない。
わかる?


彼女は少し悲しそうに頷いた。
0か100かしかない彼女にはぬるい温度差の話は苦手とするところなのだ。
分からなくってもただそれで良し、とすることができないから。

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