彼女の話

秋晴れ

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この日僕は彼女の城へ向かって川沿いを歩いていた。
今年の秋は本当によく晴れる。

彼女の城のすぐそばの芝生を抜けようとしたとき、
見慣れた後ろ姿に僕は足を止めた。
彼女が一人で背中を丸めて顎を空へ突き出していた。


声をかけても良かったが、僕は離れたところで彼女を見ていた。
思えば僕の気配のない彼女を観察するのは久しぶりのことだった。

彼女は何をするでもなく、膝を抱えて空を見ていた。
ときどき川辺に目をやって番のカモに目をやったり、
川と風が作り出す波の模様を観察したりしているようだった。
芝生の上には彼女が冬になると使いだすホーローのマグカップが置いてあり、
時折それに口をつけた。

僕は彼女の名前を呼んで声をかけた。
彼女は瞬間ひどくビクついたが、僕だと分かってホッとした様子を見せた。
そして訳もなくニヤついていた。

死人みたいな顔色をさせてひどく機嫌がいいようだった。

「雲がないねぇ」

そういって彼女はニヤニヤしていた。

この日はすごい秋晴れの日だった。
本当にどこまでも雲がなかった。

そして彼女は自由の恐ろしさについて話し出した。
この空を見ていると、怖くなるのだと。

雲も障害物もないこの空の、そのつかみどころのなさ。
法やマナーや気遣いや義務や自意識なんかの枠の中で
苦しいと思っているはずなのに、
いざ何もないこの空やその向こうの宇宙に一人放り出されたら
その途方もない自由はきっと自分を脅かすのだろう。
何を考えても何をしても何を話してもいい。
この空をみて一瞬その自由を謳歌したような気がしたけれど、
次の一秒には何かにしがみついていたい自分に気付く。

自由とはなんだっただろうか。


彼女は恐ろしいと口にしながら相変わらずニヤついていた。
そしてカップに口をつけた。
カップの中見はすっかり冷え切ってしまっていたらしく
木の根元にふわりとぶちまけた。


その後はなんの会話もなかったが、
彼女は意識的に空気を腹いっぱいに吸い込もうと深呼吸を繰り返していた。
大きく吸っては体の中に鬱屈したすべてを吐き出そうと長く長く何度も何度も息を出した。


彼女をおいて僕は一人城へ入った。

中はあまり片付いていない上にジグソーパズルのピースが広げてあった。
彼女は昔よくジグソーをやっていたが、長いことその形を見ることはなかった。
彼女は一つ”好きなこと”を思い出したのかもしれなかった。



秋晴れ


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