彼女の話

紙と食器と重力と

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自分は疲れてばかりだな、とある時彼女は思った。
真夜中にふと目を覚ました時、うっすらと瞳を開けてゆらゆらと瞳を浮遊させながら思った。
「やることは山ほどあるのに、ただの一つも済んでいかない」

部屋の中はまさに彼女の頭のなかであるようだった。
開封されていない郵便物が何通も散らばり、宅配便の不在票も一向に減らない。
読みかけの本や画集が開かれたまま幾層にも重なり、
かきかけのルーズリーフやスケッチは綴じられないまま
エアコンの風に吹かれて右往左往しながら部屋のあらゆる方向へ飛行している。


彼女はこの頃1日の半分以上を職場に拘束されているようだ。
いわゆる自宅と職場を行き来するだけの毎日。
毎晩家に辿り着くと、電気のスイッチを入れると同時に
彼女のスイッチはOFFになる。


夜中に目をさましたとき、彼女は自分が封筒やら不在票やらでできた
紙のふとんにくるまっているような気がした。
それからシンクにたまっている汚れた食器を思い出した。
明日の朝は洗濯機を回さないと、そうぼんやり考えると
洗濯機の中で食器がガシャガシャ洗われているのが頭に浮かんだ。
それでいいような気がして、また目を閉じることができた。


朝目を覚ました時、何かが重く体にのしかかっているようだった。
ああ、そうか、月から帰ってきたんだっけ、と思った。
これが重力ってやつね、と彼女は呟いた。
いつもと同じ、いつもと同じ重力、重力ってすごく重いんだな。
重い力、だもんね、そんなもん背負ってりゃ寝てたって疲れるよ、そりゃ・・・

彼女は夜中からずっと寝ぼけている。


重力に逆らって起き上がり、シンクの食器をみて
「これの一体何がそんなに重要なのだろう」と考えた。
他にやりたいことややるべきことはたくさんあるのに、
今やらないといけなことは皿を洗うってことなのだ、と思うと
人生は皿洗いでできているように思えてきた。
自分だけではない。
みんな皿を洗うことに追われて生きているのだ。
寝起きに感じたあの重さはこの食器の重さだったのだ。
そうだよ、だって月になんて行っていないんだから。

そこまで考えが及んで彼女はバカらしくなってきた。
今の自分は皿洗いに人生を圧迫されているのだ、と思って
全部放っておくことにした。
不燃物に出してやりたかったが、それすらうっとうしく感じた。
郵便物やルーズリーフやスケッチはすべてかき集めてゴミ箱へぶち込んでやった。


彼女は一瞬スッキリしたのだが、
いっぱいになったゴミ箱をみてなぜか胸が痛くなってきた。
急いでくしゃくしゃに丸めた紙類を引っ張り出して床の上でぐいぐい手で伸ばそうとした。
どんなに頑張っても一度つけられた折目やシワは二度と消えなかった。
彼女は泣きたくなってきた。
ちなみに彼女が伸ばしていたのは誰かからの心がこもった手紙とか、
メッセージカードとかではなく、
クロネコヤマトの不在票とか、何かを下書きしたらしいただのスケッチの一片だ。
なぜ涙腺がゆるむのか彼女も朝っぱらから何が何だか全然わからなかった。


彼女はすごく疲れてる、と思った。
一枚一枚をせめて平らに戻してあげたいと思った。
全部広げ終えると、きれいに洗った食器を重しにそれらの上に置いた。


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