彼女の話

消えた『群集の中の孤独』

投稿日:2017年4月28日 更新日:

彼女は最近彼女にしては頻繁に人ごみの中へ出かけている。
用があって出ているのだが、久しぶりに雑踏の中へ出かけて新鮮味があるようだ。


彼女は萩原朔太郎の『群集の中に居て』という詩がとても好きだ。
都会へ出かけて人々の波にもまれていると時折辛くなるが、
この詩を思い出すと少しずつ楽しめてくるのだという。

この詩の中で朔太郎はひとり喫茶店にいる。
または公園のベンチに座っている。
そして多くの人々の中にいながら周りとは何の関係も持たず、
ただ各々の会話に没頭している人々の様を見て楽しんでいる。

彼女も都会へ出て行くと時々カフェに入り、
彼の真似をしてカクテルパーティ実験の被験者のごとく、
最初は右側の女性陣の会話に耳を澄ませ、
今度は左側に座る若い一家のほほえましい会話をきいたりする。

盗み聞きと言われるとぐうの根も出ないが、
彼女はただ人々がどんなことを話題にどんなことを考えているのか、
それを楽しんでいる。


しかし今回状況は少し違った。
人ごみの中を歩き疲れた彼女はあるカフェに入ったのだが、
そこはとても静かだった。
誰の会話も聞こえてこない。
人はいるのに誰も話していないという少し奇妙な雰囲気に彼女は少し不安になった。

注文を終え落ち着いてから周りを見回すと、なるほど、
そこには彼女と同じように一人で入ってきた客ばかりだったのだ。
そして彼らは全員スマホを片手にカップやストローに口をつけている。
そこには彼女の知っている群集はなかった。
「孤独の中の孤独・・・」と心の中で呟いて彼女は少し笑った。


恐らく彼らの持つスマホを通して群集は存在するし、
(”孤独の中の群集”と称するべきか・・・?)
みんながひとりでいたってカフェにいる人たちでも群集は構成されている。
朔太郎の言うようにお互いに無関心でお互いに自由であることに変わりはない。

しかし彼女は意想外のアイロニックな空間になんだか落ち着かなくなった。
この時流が生み出した異空間を朔太郎が見たらなんと形容するだろうと思い、
都会を歩きながらも彼女を落ち着かせてくれる薬代わりのあの詩が
いつか効能を失ってしまうのやも?と少しだけ不安になったりした。


消えた『群集の中の孤独』

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