彼女の話

アンビバレンス3

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僕は彼女に何か言うということはほとんどないのだが、
この日はなんとなく口にしてしまった。


君が時々行っちゃうあっちの世界だけど、別に完全にさよならすることはないんじゃないの。


彼女は相変わらずの寝ぼけ眼で何の話だがすぐには理解しなかったようだが、
少しすると、ふと顔を上げ、何事か考えていたが、またすぐに俯いてしまった。
それもかなり深く。

ときどき少しだけ何かに引っ張り上げられるように頭を挙げたが、黒目をキョロキョロさせながら逡巡していた。


それそれ、それでいいんじゃないの。頭も目玉もどっちにやっていいか困ってるんでしょ。困ってればいいんじゃないの。困ってるんでしょ。


すると彼女はハッとしたように僕を蔑みみた。

しまったなぁ、口を出しすぎてしまったなぁと思ったが、出した言葉は引っ込めないのである。
そして彼女は目が覚めたように言った。


困ってるのがいいわけないでしょ。


いつから、どうしてだか分からないが、僕は彼女から全く信頼されていない。
そんな僕の言葉はひどくテキトーなものに響いたに違いない。

困っているのがいいわけない、というのは実に彼女らしい。
白か黒かなのだ。0%か100%なのだ。それが彼女なのだ。(いや、それが彼女を支配しているものなのだといったほうがいいのか)


でも君言ってたじゃない。ピンボケした写真のこと、「そんなになんでもハッキリさせてどうするんだ」って言ってたよ。


偶然にもこの時のことはこのブログに書いていたので、悪いが僕はしてやったりという気分になった。


君のスケッチブックには白と黒しかないっていうけど、君は灰色だけをたくさん描いたりするね。そんな感じでゆらっとあちらの世界にもいてもらったらいいんじゃないの。


彼女はことが起きる直前、自分が妄想世界にかなり長い時間滞在しており、
そのことで自分の注意力や集中力が相当散漫していることを自覚していた。
彼女はいつの間にか自分がずっと世話になっていたその世界を責め始めていたのかもしれない。
そして今度は守ってくれた世界を力いっぱい拒絶してしまった自分を責め、
もうどっちつかずになって困り果ててしまったのだろう。


あの世界の住人のすべては彼女自身だ。

いつも彼女を戒めて叱る男。
自信たっぷりにピンヒールでカツカツ歩く長身で黒人の女。
言葉も表情も持たない小さな男の子。
こづいたら無表情に倒れたままの男の子。
ヒトの真似ばかりをするイタズラ好きの「ゴリラ」という名のチンパンジー。
彼らにいつも寄り添う面倒見のいいファンタが好きな男の子。
工具を扱うのが上手な5歳の男の子。彼は半田ゴテも扱う。
左の上腕にイニシエーションのタトゥーを彫られたティーンの女の子。
味方のようなフリをして何を考えているか要警戒の彼女の弁護士。
よく顔をしかめて「ひどくない」という医者。

僕が聞いただけでもこれだけいるのだから、きっともっといるに違いない。

彼女が作り出したこれらの人物は彼女から生まれたキャラクターたちだ。
それはすなわちすべてが彼女自身だと言える。


それ以上のことは何も分からない。
でも彼らが彼女の半生を支えいることは確かで、
無下に消し去れる存在でもない。


僕はふと『銀河鉄道の夜』を思い出していた。
遥か昔に読んだのに忘れられないあの世界のあの雰囲気。




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